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2007年11月 | ARCHIVE-SELECT | 2008年01月

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美味しんぼが教えてくれた9の事実

美味しんぼ (1) (ビッグコミックス)

1 野菜は無農薬でなければいけない。
2 料理に化学調味料を使ってはいけない。
3 チェーン展開を始めた飲食店は味が落ちる。
4 あん肝はフォアグラよりうまい。
5 寿司を握るときにシャリを捨てる職人は二流。
6 アサヒスーパードライはスプーンを舌に押し当てて剥がしたときの味。
7 牡蛎とワインを一緒に食べると嫌な後味。
8 人生における大概の揉め事は料理で解決できる。
9 海原雄山はツンデレ。



今まで美味しんぼを読んでいて勉強になったことを箇条書きにしてみました。

1とか2あたりなら意味は分かるでしょうけど、美味しんぼを読んだことのない人には何のことだか理解できないものもいくつか含まれているので、以下でちょっと解説してみます。

5 寿司を握るときにシャリを捨てる職人は二流。

寿司職人が寿司を握るときに、シャリを手にとり、そのうちの余分なシャリを米櫃(みたいなの、正式名称がわからない)に戻したりすることがありますよね?
アレをする職人は二流なんだそうです。
なぜかというと、これは寿司を握るときにちょうど良いシャリの分量というものがわかっていないことを意味しているから。
一流の寿司職人なら、最初から適切な分量のシャリを手に取るので、シャリを捨てることはないそうです。

こんな知識を得たところでどこにも使い道がなさそうに思いますが、そうでもないです。
結構、使えます、この知識。

テレビのグルメ番組などで、タレントが見るからにうまそうな寿司を食べる、なんていうシーンはよく目にします。
中トロなんかを頬張って「口に入れるとすぐ溶けちゃうぅ」なんて言って。
死ね。

こうした憤懣やるかたないシーンを目にし、その寿司を握っている職人が「シャリを捨てる」タイプの職人だったときがこの知識の使いどころ。
「このタレントは味がわからねぇんだな。その寿司職人は二流だぜ」と、こっちはカップ麺を常食にしてるくせに、ねじくれた優越感を保つことができます。
おすすめ。

もっとも、私には「シャリを捨てる職人が二流」という知識自体が正しいのかどうかよく分からないんですけど。
いままで、寿司屋のカウンターに座ったことが一度もないので。
だけど、グルメ番組を見てると、結構「二流の寿司職人」って多いです。


4 あん肝はフォアグラよりうまい。


頭のなかに

あん肝>フォアグラ

という一般人ではありえない不等号がなりたっているのが、美味しんぼ読者。


6 アサヒスーパードライはスプーンを舌に押し当てて剥がしたときの味。



このエピソードが出てくるのは、美味しんぼの18巻。
ちなみに、このエピソードでは「スーパードライ」とかの商品名はさすがに出てこず、「ドライビール」という呼び名で統一されてます。

ひょんなことからドライビールの研究をすることになった、山岡と栗田さん。

やる気をだしている栗田さんに対し、
「俺はドライビールなんかに興味はありませんからね、栗田さん一人でしてもらってください」
と最初から、ドライビールに対する無気力っぷりを見せつける山岡。

ところが、そこへ通りかかった「自分はドライ党」だという局長に命令され、嫌々ながらドライビールの研究をすることに。
しかし美味しんぼはこのパターンで話を進めることが多いよなあ。

ドライビールの試飲会のために、とあるレストランに集まった山岡たち。
山岡、栗田さん以外のメンバーは板山社長、京極さん。
どうも、この試飲会のためだけにレストランを貸し切ったらしく、他の客の姿が見えません。
ビールなんてどこで飲んでも同じだろうに、無駄に贅沢な。

板山社長「私もドライ党なんだよ!」(満面の笑みで)

栗田さん「まあ、板山さんも?」

京極さん「銀座の有名な天プラ屋ではビールはドライしか置いとらん!まったく大変な人気じゃな」


冒頭でこんなやりとり。

えっと、何だ、このフラグ?

その後、ビールに関するちょっとしたウンチク話が繰り広げられたあと、試飲開始。

山岡「ドライビールの前に、まず麦芽とホップだけで作った本格的なビールから(飲んでみましょう)」


ってことで、「本格的なビール」をみんなで飲んでます。
ちなみに、もうこの時点で山岡がドライビールを「本格的でないビール」と思っていることがわかります。

本格的なビールを飲んで、

板山社長「ふむ、コクがあるな」

京極さん「いい香りや」

栗田さん「ズキンと効くわね」


そして次にドライビールの試飲。

んぐ、んぐとドライビールを飲んだ後、3人は怪訝な表情。

板山社長「・・・・・・?」

京極さん「はて?」

栗田さん「味がうすい・・・・」


まあ、そんなことだろうとは思ってましたが、3人とも山岡の思惑通りのリアクションしてくれてます。

板山社長「私はドライ党のはずなんだよ、この味は気に入っていたはずなのに・・・・」

京極さん「おいおい、ドライちゅうんは味がないいうことなんか?」


初っぱなに自分はドライ党だと高らかに宣言した板山社長の豹変っぷりが気になりますが、この人はいつもこんな感じでその場の雰囲気にながされまくる人なので気にするだけ無駄です。

順調にフラグをこなした山岡はここで演説開始。
ドライビールには、本物のビールの旨味がないのだと力説したあと、

山岡「ドライビールを口に含んだ時に、舌の中央にまっすぐ強い刺激を感じます。しかし、旨味ではない、単なる刺激だ。飲み込むと、その刺激が弱まって後口へ変わっていくのだが、それがなんともはや、すっぱいような平坦な味だ。」


説明が長ェ。
これでも省略してるのに。

この説明のあと、山岡は

「スプーンを舌にべったり押しつけて離してみてください」

と意図が不明のアクションを3人に指示。
私だったら、こんなわけのわからない命令には従いませんが、この人たちはブルジョワのくせに山岡には変に素直なので、言われたとおり、スプーンを舌にべったり推しつけて離してます。
大の大人がスプーンを舌に押し当てている絵柄はかなりアホっぽい。

板山社長「ああ!同じ味がするっ!」

栗田さん「すっぱいような平坦な味だわ!」


・・・・ってことで、スーパードライは「スプーンを舌に押し当てて剥がしたときの味」らしいです。

たかだか、スーパードライが口に合わないというだけの話なのに、こんな珍妙な方法で不味いことを証明してみせようとするところに、美味しんぼの狂気を見たような気がしました。
この後、ドライビール、またドライビールの愛飲家に対する罵詈雑言がふんだんに盛り込まれているんですけど、興味のある人は読んでみてください。
いや、そんな下らないことのために、わざわざ読まなくても結構ですけど。


9 海原雄山はツンデレ。

参考サイト
第1回 属性別選手権 ツンデレ級王者決定戦

「雄山=ツンデレ」は日本国民の常識になってるみたいです。


ところで、私は美味しんぼを子供の時分から愛読しているんですけど、前々から疑問に思ってたことが一つあります。
それが何かっていうと、コレ。

2 料理に化学調味料を使ってはいけない。

美味しんぼの中で、化学調味料が悪者扱いされているのは美味しんぼファンなら誰でも知ってる事実。

「仕上げに味の素の本だしを入れると、味が締まるんだ」なんて山岡が言うシーンは美味しんぼにはありません。
化学調味料を使った料理は美味しんぼのなかには出てきてないはずです。
もっとも悪い例としてなら出てきますが。

それはそれでいいんですけど、ここで一つ疑問が。

みそ汁とか吸い物、スープのたぐいは化学調味料なしでも美味しいものができるんだと思うわけです。
たとえば、テレビで道場六三郎が吸い物を作ってるところを見たことがあるんですけど、鰹節を大量に入れて作ってました。
これでもかってくらい。
こんなふうに、吸い物とかの場合、化学調味料なしでも旨味成分を多量に含んだ料理はできるんだろうと思います。
もっとも、私の料理の知識は美味しんぼ、ミスター味っ子、焼きたて!!ジャぱんに依拠してるものなので、あまりちゃんとしたことは言えないんですけど。

しかし、世の中には化学調味料なしには成り立たない料理が一つあるんじゃないかと。

炒飯(チャーハン)。

炒飯って化学調味料なしでは成り立たなくないですか?
化学調味料を使わないで作ると、それはただの焼き飯であって、決して炒飯の味にはならないと思うんですけど。
化学調味料を使わずに美味しい炒飯を作る方法ってあるんですかね?
これがずっと疑問でした。

そういえば、美味しんぼには今まで炒飯が登場してないような気がする(もし出てたら失敬)。


[追記]
はてブで「美味しんぼに炒飯出てくるよ」っていう指摘受けたんで読み返してみたら、たしかに4巻で出てきてました。

炒飯を作るときは鍋を大きく振って、空中に米粒を舞い上がらせないと、パラパラ炒飯は作れない、みたいなエピソードで。

失礼しました。
すっかり忘れてた。

これを読んでからというもの、炒飯を作るときにフライパンを派手に振り上げるくせがついて、料理後はコンロ周りに米粒が散乱という目も当てられない惨状に陥ってたのに。

しかし、ここでも化学調味料は使われてなかったです。
当たり前ながら。

それから、鰹の塩辛の炒飯が何度か出てるらしいんです。
それはうまいかもしれないけど、やっぱり正当な炒飯ではないですよねえ。

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google trendsに見るガンダム、エヴァ人気の偏りの不思議

google trends に適当にアニメタイトルを入れて遊んでみた。

知らない人のために説明しておくと、これはgoogleで検索されたキーワードの増減を見ることができる、っていうサービス。
今年一年のトレンドが知りたかったので、期間を12ヶ月にしてみた。

アニメのなかで、最も多く検索されるアニメタイトルって、多分コレだろうと思ったんで、最初はこれから。

・ガンダム
ガンダム検索

さすが、ガンダム。
1年を通して安定してる。
後半、盛り上がっているように見えるのは、多分ガンダム00の分。

・ガンダム00
ggundam2.jpg

ところで、ガンダムの英語名は「gundam」なわけだけど、そっちも見てみた。

・gundam
ggundam3.jpg

それで、「gundam」のアクセス元を見てみると、こんな感じ。

・gundam検索のアクセス元
ggundam4.jpg

香港、フィリピン、マレーシア、シンガポール、タイ、台湾。
なんか、地域がものすごく偏ってるんですけど・・・・・。

東南アジアとその東北の香港、台湾あたり。
なんで、こんなに偏ってるんだろ?

中国でもガンダムは人気らしいけれども、これの中に中国が入ってない。
中国ではgoogleのシェアが13パーセントで3位らしいので、そのせいなんだろうか。
しかし、中国のインターネット人口は1.3億人らしいし、母数がこれだけ多ければ、13パーセントでもそれなりの数にはなるはずだけど。
まあ、よくわかんないや、これ。


よくわかんないことは放っておいて、とりあえず、次。

・エヴァンゲリオン
エヴァンゲリオン

9月に公開された「ヱヴァンゲリヲン新劇場版:序」の影響で、9月前後が盛り上がるのはわかってた。
だけど、これ、映画公開の後しばらくすると、以前よりも落ち込んでる・・・。
映画でエヴァ熱が冷めちゃった人が多いんだろうか。

エヴァもガンダムと同じく、英語「evangelion」で見てみた。

・evangelion
evangelion2.jpg

・evangelion検索のアクセス元
evangelion3.jpg

これまたガンダムと同じく妙に地域が偏ってる。
上位から、ペルー、メキシコ、チリ、コロンビア、アルゼンチン、ベネズエラ。

南米ばっかり。
その下のポルトガル、イタリア、スペイン。
南米じゃないものの、これまたラテン系の国ばっか。
このアクセス元の国のなかで、唯一、ラテン系じゃないのが、我がJapanってのは何なんだろ。

どうも、ここ一年ほど、エヴァはラテン系で人気らしいです。
なんでかは知らんけど。

音楽を聴いたら体が勝手に踊りだす。
ワインを飲んで朝まで歌い明かす。
それがラテン系じゃないの?(←すごい偏見)
あんな陰鬱なアニメをよく見るね、ラテン系の人が。

ついでに、ガンダムとエヴァはどっちが人気あるのか、並べてみた。

・ガンダム、エヴァンゲリオン
ggundameva.jpg

映画効果で一時だけエヴァが勝ってるけれども、やっぱりガンダムのほうが強いらしい。
まあ、ガンダムは種だターンAだと色々あるから、一概には言えないけど。


次にここ1年の人気アニメを適当に並べてみた。
この1年、検索数が多いアニメはどれなんだろう。

・コードギアス、らき☆すた、ガンダム00、グレンラガン
gcodegunguren.jpg

コードギアス強ぇぇ。

一つだけ放映開始が去年なわけだし、ガンダム00はまだ始まったばかりということもあってフェアではないけれども、コードギアスは強いな、しかし。

放映してた4月までの平均が他の3つの放映時期の検索数よりも確実に上だし。
放映してなかった期間は、らき☆すたよりは下だけれどもグレンラガンよりは上いってる。

ところで、らき☆すたとグレンラガンは同時期に放送されてたわけだけど、この二つだけ見るとちょっと面白い。

らき☆すたが放映が進むにつれ、徐々に下降していくのに対して、グレンラガンのほうは最終回に向けて徐々に上昇してる。
最終回近辺だとグレンラガンがらき☆すたを逆転してたりする。

らき☆すたは日常系のアニメなので「これからストーリーがどうなるんだろう?」っていう興味が沸かないのに対して、グレンラガンのほうは、ストーリー展開がどうなるのかわからなかったこともあって、視聴者の興味を惹き、徐々に上昇していったんじゃないか?と勝手に分析してみた。

それはともかく、今年放映されたアニメのなかで検索数がいちばん多かったのは、たぶんコードギアスだと思う。
コードギアスに勝てるアニメって他にあるのかな?
ひょっとして何かビッグネームを見落としている可能性はあるけれども、とりあえず、今年の最強アニメはコードギアスってことで話を進めたい。

B000QUCUIOコードギアス 反逆のルルーシュ volume09 (最終巻)
福山潤 谷口悟朗 櫻井孝宏
バンダイビジュアル 2007-09-25

by G-Tools



ということで、コードギアスをアニメ以外のジャンルと勝負させてみた。


・コードギアス対長澤まさみ
gcodenagasawa.jpg

コードギアス圧勝!
長澤まさみなんて敵じゃねェ。
カカカ。

次に長澤まさみのライバルらしい沢尻エリカと対決。


・コードギアス対沢尻エリカ
gcodesawajiri.jpg

コードギアス完敗。

いや、基本的にはコードギアスが勝っているんだけど、エリカ様の最大瞬間風速がスゴすぎる。圧倒的。
どうでもいい話だけど、エリカ様のキャラ面白かったんだけどな。
あのまま続けりゃ楽しめたのに。

ところで、最初に書いたように、google trendsに適当にアニメタイトルを打ち込んで遊んでたんだけど、そのうち、変な結果が出たアニメが一つあった。

・ゼーガペイン
gzeega.jpg

何だ、コレ?
8月、9月あたりがゼロになってるんだけど・・・・。

いくら、去年放映のアニメだからって、1、2ヶ月、検索数がゼロってことはないだろうに。
たぶん、google側の不具合かなんかだと思うんだけど。

ついでに、コードギアスとゼーガペインを並べてみた。

・ゼーガペイン、コードギアス
gzeegacode.jpg

ぜ、ゼーガペイン弱っ。
コードギアスと比べると、地を這ってるよ、ゼーガペイン。

まあ、これはアレだな。
去年、放送終了してるゼーガペインが今年、検索数が少ないのは当たり前。
だから、去年と今年の2年間で見てみよう。

・ゼーガペイン、コードギアス(2年分)
gzeega2.jpg

やっぱ、ゼーガペイン弱っ!
なんか圧倒的に弱い。

ひょっとして1,2ヶ月、検索0ってのもありうるような気がしてきた。

ゼーガペイン、好きなんだけどなぁ。
いいアニメなのに。

[追記]
ふぇいばりっとでいずさんでこんなのが紹介されてました。
googleではなくてgooの検索ですけど。

<2007年最も検索された2007年放送のアニメランキング/A>
gooアニメ アクセス数ランキングで振り返る2007年注目テレビアニメ

これ一つ目のヤツはコードギアスが入ってないなあ。
去年、放送開始だからかな?

二番目のほうではコードギアスが5位になってる。
一応、上位5つとコードギアスをgoogle trendsで調べてみたんですけど、コードギアスがいちばん強かった。
もっとも「コードギアス 反逆のルルーシュ」でやると、数が相当下になっちゃったりするので、どこから検索語に含めるかってところでかなり変わってくるんでしょうけど。

B000FG6AS0ゼーガペイン FILE.01
下田正美 浅沼晋太郎 花澤香菜
バンダイビジュアル 2006-07-28

by G-Tools

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CLANNADが善意で出来ているとすると、ef - a tale of memories.は悪意で出来ている

作画崩壊って単純には表現できない感情を何とか表現しようとした果てでもあるよね

ずいぶんと前の記事だけど、これは素晴らしかった。

なのはの『作画崩壊』の話から、ギャルゲー的なキャラは造形上から表情が乏しいということが書かれている。
私は絵を描ける人間ではないので、こういう視点がとても斬新で面白かったです。
もし読んでない人がいたらぜひ。

で、このなかの一節にこういうことが書かれている。

思うにいわゆる神作画というのは、これまで「アニメの女性キャラの作画で、普段と違って情報量の多い作画の時に使われた言葉」とか、「キャラ表から外れないで動作が丁寧な作画」みたいなニュアンスで使われてきたけど(作画オタの人が言う神作画についてはここでは触れない)、それに加えて「手塚治虫の言うマンガ記号論的な喜怒哀楽の表情から外れない程度に、情報量が多くて丁寧な作画」という側面があるのではないか、と。


手塚治虫のマンガ記号論っていうのは、目や口といった絵を記号のようなものとみなし、その記号の組み合わせで自分の絵が出来上がっている、つまり自分の描いてるマンガは象形文字のようなものではないか、と手塚が語っていた例のアレ。

手塚治虫は自分のマンガを記号の組み合わせで出来ていると(自嘲的にか)みなしていたようだけれども、すべてのマンガ表現が記号的であるとは私には思えない。
たとえば、小畑健や井上雄彦の絵が記号の組み合わせで出来ているのだろうか。

もちろん、見る人が見れば「アレも記号の組み合わせで出来てるんだよ」ということになるのかもしれないけど、とりあえず、私の目にはそう見えない。

一口にマンガと言っても、記号の組み合わせで出来ている度合いってのは、その漫画家によってかなり違ってるように思う。
たとえば、記号の組み合わせの度合いが高いのはケロロ軍曹とか。
アレなんかはまさに記号の組み合わせで感情を表現してるわけだし。

マンガの話はとりあえず、ここではおいておくことにして、ギャルゲーの話。
記号の組み合わせで出来てると言えば、ギャルゲーのキャラってまさにそうだよなあ、ってことをこの記事を読んでて思った。

ギャルゲーをやってるとき、自分は文章を読むのが面倒くさくて、ついついスキップ機能を使ってしまうんだけど、スキップしながらギャルゲーのキャラを見てると「福笑い」を見てるような感覚に陥ることがある。
同じ輪郭のなかで、眉をひそめたり、目をしかめてみせることで感情を視覚的に表現してる。
まさに手塚治虫の記号論と同じ原理でギャルゲーの視覚表現は成り立っている。

また、ギャルゲーは、普通のとき、怒ったとき、悲しいときなどの感情に対応した立ち絵を何種類か作って、それを適宜に出すことによって、キャラの感情を表わすわけだけども、これなんかは感情の記号化とでも呼べるんではなかろうか。

もちろん、ギャルゲーにおける感情表現というのは、視覚的なものに限られたわけじゃない。
文章によって表わすこともできるし、または声がついていれば、声優の演技によっても感情を表現することができる。
だから、ギャルゲーが感情の表現として稚拙なメディアだというつもりはないけれども、こと視覚的な部分に限ってみれば、かなり感情表現が限定されているということは確かだと思う。

で、ここからが本題。

今期のギャルゲー原作のアニメ、CLANNADとef - a tale of memories.。

B000WQ6IXUCLANNAD 2 (初回限定版)
神田朱未 桑島法子 能登麻美子
ポニーキャニオン 2008-01-16

by G-Tools


B000X431E0ef - a tale of memories. 2
やなせなつみ 岡田純子 田口宏子
ジェネオン エンタテインメント 2008-01-11

by G-Tools


この二つのアニメのキャラに対する態度というか姿勢がまったく異なっているのが個人的に面白かった。
原作ゲームはどっちも未プレイなんで、これはアニメだけを見た感想。

まずはCLANNAD。

zeni003.jpgzeni004.jpg

zeni001.jpgzeni002.jpg

CLANNADはキャラの表情がとても豊かに描かれているように感じる。
きわめて記号的なキャラにもかかわらず。

これは京アニという会社がこうした記号の組み合わせに習熟してるということもあるだろうし、また表情以外のところで感情を表現してることもあるかもしれない。
たとえば、キャラの動きや仕草とか。

京アニのCLANNAD観察眼

これを読むと原作ゲームをやった人の脳裏に浮かんだキャラの動きや仕草に違和感がないように作られてるらしい、CLANNADって。

こういう部分での信頼感があるから、前記した記事にあったように、観鈴の顔を崩したり、ハルヒの顔を崩したりという、キャラの記号の組み合わせを崩す行為に対してもちゃんと支持が得られるらしい。

京アニのキャラに対する姿勢ってのは愛情であり善意だ。
どれだけ活き活きとキャラを動かすことができるか、そこに情熱が傾けられている。


ef - a tale of memories.

これはCLANNADに比べれば、表情が乏しい。
キャラの動きにもそうこだわっている節はない。

しかも、このアニメのなかでキャラは様々に変形される。

akui010.jpgakui004.jpg

akui001.jpgakui002.jpg

影絵にされたり、切り刻まれたり。
このアニメのなかでは、感情を表現するのに、こんなふうにキャラを変形させることで、そのキャラを見ている人物の内面描写がされていることが多い。

CLANNADのキャラに対する姿勢が全き善意だとしたら、ef - a tale of memories.にあるのは悪意だ。

悪意という言葉が悪いとしたら批評性とでも言っていい。

キャラなんて所詮は記号の組み合わせに過ぎないとでもいうような醒めた意識がなければ、こういう絵にはならないだろうと思う。

それが端的に表れているのがOP。

akui007.jpgakui006.jpg

akui009.jpgakui008.jpg

ここでは、それぞれのキャラが影絵で示された後、崩壊していく様が描かれている。
キャラ自体も記号に過ぎず、それはいつでも壊すことが可能であるという感覚。
ここにあるのは、そんな暴力的な批評性だ。

CLANNADに比べると、たぶんef - a tale of memories.のほうが、萌えという感情を喚起する力は弱い。
それも圧倒的に弱いと思う。
キャラの表情を崩すといったレベルではなくて、キャラ自体を崩してみせているんだから、それも当然だろう。

作り手の側がキャラ自体を記号にすぎないと思っているのかどうか、それはわからない。
作中で京介という映研部員が
「オレはただ斬新な画が撮りたいだけなんだよ!」
みたいなことを言うシーンが何回かあるんだけど、ただ単に斬新な画が描きたいだけなのかもしれない。
だけど、とりあえず自分はこれを悪意だと受け取ったし、また批評性だと思った。

そして、そうであるがゆえにef - a tale of memories.は面白いと思う。
なぜなら、アニメやギャルゲーに含まれる「萌え」を虚仮にしてるような痛快さがあるからだ。

そういえば、手塚治虫もこのアニメと同じように、キャラを影絵にしたりとか、図像の一つとして扱っていたような記憶があるんだけど、そういうところで通底した感覚があるのかもしれないなあ。
キャラは記号に過ぎないという醒めた感覚と、またそうであるがゆえに遊びを入れられる度量みたいなもんが。

前述したように、私はこのゲームをやってないんで原作に対する批評性ってのがどれほどのもんなのかよくわからないんだけど、

ゲーム中のイラストは、他のアドベンチャーゲームに多く見られる立ち絵をベースとするのではなく、イベント画を多用し、ヒロイン分岐を無くすことによりプレイヤーにゲームを攻略させるのではなく、鑑賞させることに重点を置いている。(Wikipedia)


これや、

『ef - a tale of memories.』が面白い!~アニメにおける「わかりやすさ」の探求~

僕がminoriの作品で他に知っているのは『Wind -a breath of heart-』くらいなので、あまり詳しいことはわかりませんが、エロゲの欺瞞に対して自覚的なエロゲメーカであることは間違いありません。


これなんかを読むとこうした批評性ってのはもともと原作ゲームに組み込まれていたものなのかもしれない。

とりあえず、ef - a tale of memories.は面白い。
このアニメを見始めたのは日本のアニメは本当に世界一か?さんと tukinohaの絶対ブログ領域さんで絶賛されてたからなんだけど、面白いアニメを教えてもらえて感謝。

[関連記事]
これはスゴイ!『ef-a tale of memories.』第7話が大変な領域に足を踏み入れて来た

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このブログについて

ブログタイトル

サイオンジ探偵社


ハンドルネーム

西園寺万五郎
ハンドルネームなのに、名字がついてるって、ものっすごく恥ずかしいんですけど。ハンドルネームを決めるときは、ぱっと思いついたものをつけるんじゃなくて、ちゃんと熟慮したほうがいいです。たぶん、森高千里が好きだから自分の名前を千里にしたビジュアル系のあの人も同じ気持ちだったんじゃないかなあ。他のブロガーさんに「西園寺さん」とか呼ばれると、鳥肌がたちます。
あ、もちろん「西園寺さん」と呼んでもらって結構です。それ以外に呼びようがないので。


ジャンル

いちおうアニメブログのつもりですけど、自分が気になったもの、おもしろいと思ったものを取り上げるんで、ジャンルはバラバラです。


他のブログ記事にリンクを貼らせていただく場合

サイドバーで、他のブログさんの記事を紹介して一行コメントをつけてるんですけど、うまいコメントが思い浮かばなくて、いいかげんなことを書くことがよくあります。これは、あまり気にしないでください。
「このブログ、変なこと書いてるからさらしてやれ」という気持ちでリンクを貼ることはまずありませんので。


このブログの記事を紹介していただける場合

ブログをやっている以上、多くの人に読んでもらいたいので、紹介していただけると、すごくうれしいです。
あと記事タイトルは勝手に変えてもらってもかまいません。気にしないので。


リンクに関して

当然、リンクフリーですので、勝手にリンクしていただいて結構です。


古いほうのブログ

名探偵西園寺万五郎がアニメを斬る!

実はこっちでもちょこちょこ書いてます。普通だと、ジャンルごとにブログをわけるもんなんでしょうけど、あまりそこらへんは厳密じゃないです。30分以内で書けるものだと、古いほうで、っていう感じ。あとはブログ論みたいなのも、基本的に古いほうで。


メールアドレス

man.saionji@○gmail.com

○を取って使ってください。

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いろいろな多くのRSS用ボタンを1つにまとめる「FeedButton」

この記事を参考にしてRSS用のボタンをつけてみました。
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女の子を一瞬にしてオヤジ目線で見ることができる裏技を発見したので、「みなみけ」で試してみた

皆さんは、FLASHという雑誌をご存知だろうか?

たぶん確実にご存知であることはわかっているけれど、そこをあえて説明してみると、芸能人の密会現場を盗撮したり、女子アナのパンチラ(またはブラチラ)画像を掲載するなどして、日々、国民の知る権利に献身的に奉仕している、感心な写真週刊誌である。

私はふだん、この雑誌を買う習慣がないし、フライデーとFLASHの違いがよくわからかったりするくらいなんだけど、前々から一つ気になっていることがあった。
というか、これは多くの日本人にとって、年金未払い問題に対するのと同じくらいの気がかりな問題、また疑問ではなかろうかと思う。

どうしてFLASHはグラビアアイドルを「クン」付けで呼ぶのか、って。

これはグラビアアイドルに限った話ではなく、この雑誌のなかで「若い女の子」は総じて「クン」づけで呼ばれる。

長澤まさみクンとか、綾瀬はるかクンとか。

アイドルのほかにも女子アナとかもクンづけで表記されることが多い。

最近、FLASHを読んでなかったので、確認のために、さっきコンビニで立ち読みしてきたんだけど、森下千里が出てて、やっぱり森下千里クンと表記されていた。
ついでに書いておくと、雑誌の中盤に川島なお美のワイン講座みたいな企画があったんだけど、これは「川島なお美サン」と表記されていた。

森下千里はクン。川島なお美はサン。

森下千里と川島なお美のあいだにあるもの。
そりゃ、ぶっちゃけて言えば年齢だ。
なお美は「若い女の子」の範疇からは思いっきり外れているわけで、その若くない女に「川島なお美クン」と呼ぶのは明らかにおかしい。

だから、川島なお美との比較で言えば、「森下千里クン」はそうおかしくはない。

だけど、若い女の子を呼ぶときの呼称としては「クン」よりも一般的な「ちゃん」があるじゃないか、という疑問は残る。
「森下千里ちゃん」のほうが、「森下千里クン」よりは自然だろう。
いや、そもそも、芸能人は呼び捨てにするのが一般的だから、森下千里となにも後ろにつけないほうがずっと自然だ。
実際、他の雑誌のグラビアを確認したら、そのほとんどがアイドルを呼び捨てにしてた。
(コンビニでいろいろと雑誌のグラビアを確認してたんで、よっぽどのグラビア好きと思われたんだろうなあ。別に安めぐみとかに興味があったわけじゃなくて、ただ単に呼称を確認してただけなんだけど)

私が思うに、このFLASHの「~クン」は会社で上司が部下のOLを「~クン」と呼ぶのを擬制してるんだと思う。
「鈴木くん、このコピー30枚頼む」みたいな。
擬似的な会社組織のようなものを想定して、その枠組みのなかにアイドル、女子アナなどの「若い女」を組み込みたいとでもいうような欲望。
「~クン」にはそうした上下関係の意識の確認が含まれていると思う。

だいたい、若い女を雑誌で取り上げるというのは、それだけで賛美を意味している。
たとえ、それがスキャンダルのようなものであってもだ。
「われわれはあなたに興味がありますよ」っていうことを意思表示しちゃってるわけだから、そこには需要を発している者なりの弱みがある。
女子アナに興味のない人間にとっては、彼女のブラひもが見えようが見えまいが関係ないわけだけど、女子アナに価値を見出すものにとっては女子アナのブラひもは希少価値だ。欲望の対象だ。
それを裏返せば、女子アナのブラひもを記事にするという時点で、女子アナに価値があることを認めていることになってしまう。
そういう「弱み」を打ち消してくれるのが「~クン」なんだと思う。

「~クン」と名前の後につけるだけで、「いくらあんたのことを賛美していようが、こっちのほうが上だから」みたいな意識を暗に示すことができる。
これが「~ちゃん」だと、そういう上下意識みたいなものは生まれにくくて、ただ単に「あなたのことをかわいいと思っている」というニュートラルな意思表示になってしまう。

芸能人でも身近にいる女の子でもいいけれども、ためしに「~クン」と心のなかで呼んでほしい。

「いくらアンタが可愛いかろうが胸がデカかろうが、こっちのほうが上だから」みたいな感情にならないだろうか?

ならないだろうか。

ならないだろうか。

ならないだろうか。

とりあえず、私はなりました。

てなわけで、最近、FLASHの「クン」呼びについて考えてた。
もっと他に考えるべきことがあるだろうに、と言われると耳が痛いし、胸が苦しくなるのだけれど、他に考えるべきことを見つけられなかったので、こんなことを考えてた。

で、こんなふうに無意味すぎる考察を続けていたら、あることに気づいた。

「~クン」と女の子を呼ぶと、とたんにオヤジ目線を獲得できるってことに。

ここはアニメブログらしくアニメで実証してみる。
対象は「みなみけ」というアニメ。


みなみけ 1 (期間限定版)


この「みなみけ」というのは、南春香、南夏奈、南千秋という三姉妹の日常を描いた萌えアニメである。

まずは、長女の南春香から試してみる。
彼女はなぜか両親がいない南家において家事全般をとりしきっているという、なかなか感心な女子高生である。
その南春香に「クン」をつけてみよう。






















minamikeharuka002.jpg


どうだ!
良妻賢母タイプの南春香にクンをつけるだけで、あっという間にオヤジ目線を獲得できた。
「クン」を斜めにすると、よりソレっぽい。
それから、名前のあとに(17)と年齢をつけるとオヤジ度数が2割がた上がったような気がする。

ついでに他の二人でも試してみた。







minamikekana003.jpg


minamichiaki001.jpg


こちらも「クン」づけ効果により、オヤジ目線を獲得できた。
小学生ですらいやらしい目で見ることが可能になった。
すばらしい。

この裏技を発見してから、いろんなキャラを「~クン」と呼んでみてオヤジ目線を楽しむという、日本の国益にそぐわないこと甚だしい行為を繰り返していたのだけれど、そうしているうち、あることに気づいた。

どうも「~クン」がそぐわないキャラがいるってことに。
上であげた「みなみけ」なんかは「~クン」がとてもはまってると思うんだけど、「~クン」がどうしてもあわないキャラがいる。
たとえば、コレ。















nagisakun002.jpg


「古河渚クン」は妙に変。違和感がある。
これが「古河渚タン」だったらちゃんと合ってるのに。
「クン」と「タン」じゃ偉い違いだ。

この「~クン」が似合う、似合わないというのは、極めて個人的な感覚なので、理解されにくいかもしれない。
だけど、ここはとりあえず個人的な感覚を述べさせてもらう。
たとえばマガジンの漫画で例をあげると、ネギま!と絶望先生のキャラに「~クン」はあわない。

神楽坂明日菜クン

風浦可符香クン

どっちも変だと思う。

いっぽう、スクールランブルのキャラには「~クン」が似合う。

周防美琴クン

沢近愛理クン

ちゃんと「~クン」がはまってると思う。

いや、「周防美琴クンは変じゃねーか」と文句言われるかもしれないけど、自分は合ってると思うんだな、これ。

まあ、ここらへん読者の皆さんを置き去りにして話を進めたいと思うんだけど、要するに、「~クン」が似合う似合わないってことを裏返してみれば、みなみけ、スクランはオヤジ目線が似合うが、クラナド、ネギま、絶望先生にはオヤジ目線が似合わないってことだ。

そのことの意味を考えていたんだけど、「~クン」が似合わないほうの3つって、どれもいわゆる萌え絵的なキャラだってことに気づいた。
絶望先生の絵を萌え絵と呼んでいいのかどうかには、疑問を感じないでもないけど、とりあえず、一般的な(=オヤジ的な)エロティシズムを喚起するような絵じゃないことは確か。

ネギまとスクランを比べてみれば、ネギまのほうに圧倒的にお色気シーンが多いのに、スクランのほうがオヤジ目線で見ることに違和感がないのはそこらへんの差なんじゃないかと。
スクランの絵柄って一般的なエロティシズムの上に成り立ってるように思えるし。

どうでもいいって言えば、どうでもいいことなんだけど、まあ、そんなことを思いました。

ちなみに、すべてのアニメキャラのうちで、「~クン」が最も似合わないのはこのキャラだと思う。














kunkun.jpg



「オチが弱い」とかのまっとうな批判は一切受け付けません。あしからず。

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平野綾さんのビッチ化路線を阻止する方法を考えてみた

超人気声優・平野綾に「沢尻のようだ!」とブーイングの嵐

平野綾さんがブーイングの嵐を受けまくってるのかどうか、については信頼できる情報がないので確かなことは言えません。
しかし、これらの写真を見る限り、たしかに以前とはかなり雰囲気が違ってますね。
かなり、っつーか、別人みたいに見えますが。

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平野綾さんの写真集など。往時がしのばれる。

私は声優にはあまり興味がないので、彼女の近況にもさして詳しくないんですが、前々からファンのあいだで「平野綾がビッチ化してる」という声があがっているのは知ってました。
もともと興味が薄かったこともあり、その情報は頭の片隅に追いやられていたんですけど、今回、このなかで紹介されてた雑誌の記事を見て「ああ、そういうことかなのか」と納得がいった次第。

インタビュアー:プライベートで聴いてる音楽は?
平野:アブリル・ラヴィーンのファンなんです。(中略)アヴリルはその時々で方向性がガラリと変わるので、次はどうくるのかなって、ワクワクさせてくれるんですよ。彼女を見ていると私自身も、そういった期待感を皆さんに感じてもらえるように仕事をしたいって思ってます。


なるほど・・・・・。
どうやら平野綾さんは病気みたいです。

一般的に「ラ・ムー症候群」という名で知られるこの病気は、有史以来、幾多のアイドルに感染してきました。
「あたしはアイドルじゃなくてアーティスト(ロックバンドとかでも可)になりたい!」という、無意味な上昇志向につけこむ、極めて感染力の高い病気です。
平野さんは声優なわけですが、「アイドル」声優なわけで、病気の定義に合致しているといえます。
要するに彼女はアイドルとしてちやほやされるより、アヴリルのような「アーティスト」になりたいわけですから。

この病気の具体的な症状としては、

・アイラインを濃いめに引くようになる
・装飾品を過剰にまとい、チャラチャラしだす
・ミュージック・ステーションでのタモさんとのやりとりが投げやりになる
・レズビアンでもないくせに「同性から支持されるアーティストになりたい」とか言い出す
・ハリウッドの地味な俳優を好きだと公言して悦に入る
・セルフ・プロデュースにやたらこだわる

などがあげられます。

この病気の恐ろしいところは、感染している本人には「自分が病気である」という意識がさっぱりないところです。
それどころか、逆に多幸感を感じていたりもする。

悲惨なのはむしろファンのほうなのです。
私はとある掲示板で、「ラ・ムー症候群」にかかったアイドルのファンたちの悲痛な叫びを何度も目にしました。

いわく、
「彼女の可愛い声が好きだったのに、急にドスのきいた声で歌い始めた。ガクガクプルプル」
「ヌード写真集が出たので買ってみたら、芸術的なショットの連続でさっぱりヌケなかった。金返せ」
「なっちが盗作した・・・・・orz」等々。

糸の切れた凧が風にのまれて、あらぬ方向へ飛んでいくのをただ見つめているのにも似た絶望感。
まあ、そのうち凧は電線かなんかに引っかかって、落ちてきたりするんですけど。

そんな下らない比喩はともかく、我々は平野綾さんが暴走していくのをただ黙って見つめているしかないのでしょうか?
特に平野さんのファンというわけでもない私ですが(どっちかと言えば茅原 実里のほうが好き、おっぱいとか)、ここは処方箋を真面目に考えてみました。

まず平野さんの原状把握から始めたいと思います。

たしかに最近の彼女の変貌ぶりは、われわれを途方に暮れさせてくれるものがあります。
このサナギが蝶に、というかサナギが孵化したら蛾だった的な変貌ってのは違和感ありまくりです。

が、それでもしかし、取り返しがつかないところまではいってないと思われます。
アヴリルが好きだという無邪気な発言からもそれがうかがわれます。

好きなロックバンドとして、Dr.フィールグッドやペイブメントといったマイナーどころをあげて無意味な知識自慢をするとか、
「あたし、カートの気持ちがわかる気がするんだ・・・・」などと言って遠いところを見つめる、といった段階までいけば、そりゃ処置の施しようがないですが、アヴリル程度であれば、まだ大丈夫。ちゃんとあるべき場所に帰ってこれるでしょう。

今の平野さんの心を占めているのは「ここではないどこかへ行きたい」という思いではないでしょうか。
「ここではないどこか」でありさえすれば、実のところ、どこでもいいのではないかと思われます。
その「どこか」の象徴として、アヴリル・ラヴィーンが任意に選ばれただけなのではないかと私は考えます。

平野さんの病気を治癒するためには、平野さん自身が「ここ」をちゃんと好きになってくれることが肝要でしょう。
たしかに「ここ」は狂ったようにサイリューム振りまくるキモオタだらけで多少息苦しいかもしれない。(注:これは私がそう思っているのではなく、ただ平野さんの内心を代弁してるだけです)
しかし、ハルヒのパロディAVが発売されたりとかの色々な欠点がありながらも、やはり、ここが自分のいるべき場所なのだ。
そう平野さんに思ってもらいさえすれば、病気は自然に治癒していることでしょう。

さて、そのための方法ですが、ここは彼女が好きだというアヴリル・ラヴィーンさんに協力してもらうのが良いかと思われます。
浮世絵がヨーロッパから逆輸入された例を見てもわかるように、日本人というのは自文化が外国(特に欧米)で評価されることにめっぽう弱い。
この力学を利用します。

具体的には、アヴリルさんに萌えオタ向けのTシャツを着てもらいましょう。
アヴリルさんの愛車を痛車にしてもらう、という手もあるんですけど、まあ、それはなにかと大変そうなのでここは手軽なTシャツで。

大好きな「アーティスト」が、萌え(痛い)Tシャツを着ていれば、平野さんも自分の所属しているオタカルチャーを再評価、再認識してくれるに違いありません。

「どうやってアヴリルに痛T、着せるんだよ」という疑問の声もあるでしょう。
しかし、この点については、さほど心配する必要はないです。

私がインターネットを使って独自に情報収集したところ、電通の人はとても強大な力を持ってるらしいです。
なんでもセカンドライフを成功させること以外であれば、たいていのことができるとか。
だから、電通の人に頼めば、アヴリルに萌えオタ向けのTシャツを着せるくらいわけないはずです。
あと、サマンサ・タバサの社長とかもそのくらいはできそう。

なので、電通の人もしくはサマンサ・タバサの社長に頼んで、アヴリルさんにこういうTシャツを着てもらいます。









kimikisu01.jpg



憧れのアヴリルがこういうTシャツを着ていれば、平野さんの認識を改めさせること大でしょう。
正気に返ること間違いなしです。

しかし、これはあまりデザインがよくないですね。
それに加えて「なんでキミキスなんだよ」というまともな疑問をもたれる方もおられるかもしれませんし、また、アヴリルさんが実はファミ通嫌い(ファミ通をファミ痛wって打ち込んじゃうくらいの)であったりするといけないので、他にもいくつかTシャツをデザインしてみました。







mikumiku01.jpg
「たしかに、あたしはよく音程外すけど、初音ミクには負けちゃいない」と平野さんに健全な競争心を持ってもらうためには、このTシャツ。







deadoralive01.jpg
苺ましまろをパンク風に仕上げてみました。
つーか、このTシャツがあったら買いますけど。







zerotukai01.jpg
よく外人が着てる、意味不明な日本語Tシャツ風。








whitedevil01.jpg
日本中を震撼させたホワイト・デビルをTシャツに。



最後のはちょっと怖かったりもしますが「これは人間精神の暗部を詩的表現にした、ロックで言えばグランジにあたるジャパニメーションの最先端だ」とかなんとか適当なこと言っておけば、まあ大丈夫だと思います。



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歴史に残りやすいアニメ、残りにくいアニメ

昔、山下達郎がこんなことを言っていた。

「ロックと違ってモータウンとかは語りにくいんだよね。それで歴史に残るっていくのは、ロックみたいな言語化しやすい音楽のほうなわけ」

あやふやな記憶をもとにしてるんでぜんぜん正確じゃないんだけど、だいたい、こんな意味のこと。

モータウン(・サウンド)が歴史に残っていないかと言えば、そりゃ違う。
実際に今でもちゃんと聴かれている。
しかし、モータウンのような、人を楽しませるだけに作られた娯楽音楽よりも、ロックのような、社会性だとかメッセージ性みたいなのがある音楽のほうが語られやすいし、また歴史に残りやすいってのも確かだと思う。

実際、歴史に残ってるロックバンドのなかには、今聴くと「なんじゃ、こりゃ」ってのが数多くあったりする。
60年代から70年代にかけての、いまだに名前が残ってるロックとモータウンを聞き比べてみると、明らかにロックのほうに外れが多い。
つまり、ロックのほうがその実力よりも過剰に評価されてる印象がある。
(いちおう、私はロックファンなんだけど)

結局のところ、人が人に何かを伝えようとするときは、基本的に言語による。
そうしたときに、ロックのように「語られやすい」ものってのは、人々のあいだに伝わっていきやすいし、また人の記憶に長く残りやすい。
だから、歴史に残りやすいってことだろう。

別に語られやすいものしか歴史に残らないってことではない(実際、モータウン・サウンドは歴史に残ってるし)。
だけど、人々が語りやすいもの、語りを誘発しやすいもののほうが後々まで人気が続く傾向にあるのはたしかだと思う。


宇宙戦艦ヤマトと機動戦士ガンダム

この二つのアニメはともにアニメブームを巻き起こした作品であるけれども、ガンダムのほうがあきらかに人気が長持ちしてる。
これには、いろいろな要因があるだろうから一概にはいえない。
ガンダムのほうは、いまだに新作シリーズが作られていることもその要因の一つだろうし、またガンプラみたいに長く愛される商品群があることもそうだろう。

だから、ガンダム人気の要因を一つだけに定めることはできないんだろうけど、上述した「語られやすさ」ってのも、要因の一つとしてあげられるんじゃないだろうか。
ヤマトとガンダムを比べると、そりゃガンダムのほうが語りやすいわけだし。

語りやすいということにも、さまざまなレベルがある。
ここはとりあえず、便宜的に話を狭めてみると、ガンダムのほうが文芸批評的な語りをしやすい。
ここで言う文芸批評的ってのは、、作品というものを作家の反映であると無意識的に観じる態度のことを言ってるんだけど、富野由悠季っていう人はそうした語りを誘発しやすいんだと思う。
ガンダムに対する愛情と憎悪だとか、またそれを解消したかに見える∀ガンダムにいたる歴史とか。
その他にもニュータイプがどうこう、っていうのもあるし。
そういうふうに作家の歴史と作品というものを重ね合わせて見るっていう態度が、富野及びガンダムを語るときによく見られる。

それに比べると、宇宙戦艦ヤマトと松本零士のあいだには、そういう文芸批評的な語りがなりたちにくい感じがあるような気がする。
あくまでヤマトはヤマトとしてなりたっていて、わざわざ松本零士という作家を参照しなくてもいい、とでもいうような。
まあ、ヤマトブームのときに、どういう語られ方をしたのかっていうのが私にはよくわからないので、そこらへんは断言できないんだけども。

それと松本零士は富野に比べれば個性の薄い人なので(作品の個性が薄いってことじゃなくて、その人となりが激烈じゃないっていう意味で)、そういう部分でも語りにくさってのはあるだろう。


アニメブームを起こした作品というと、このヤマト、ガンダムに加えてエヴァンゲリオンなわけだけど、エヴァはとても語りやすい。
というか、エヴァについて語ってる人なんて、今まで数え切れないくらい見てきた。
庵野という作家も富野と同じく個性の強い人で、また文芸批評的な語りが成り立ちやすいところも共通してる。
エヴァの人気というのは、10年くらい長続きしてるんだけど、その人気の要因の一つは明らかにこうした語りやすさだ。

「語るべきこと」を見つけるのが苦手な人でも、エヴァだったらそれなりに語れる。
そういう語りに対する容易さによってエヴァは言語化され、言語化されたことによって多くの人々に伝播し、そして、それがエヴァを歴史に残る作品にしてる。

とか言いつつも、自分はエヴァについてなんて語れやしないんだけど。
いやー、綾波が好きとか、そういう低レベルのところでしか語れないな、うん。
ついでに書いておくとガンダムについても語れないと思う。
情けな。

まあ、それはともかく、エヴァの語りやすさというものを考えると、たぶん、ヤマトよりもエヴァのほうが人気が長持ちするんだと思う。
ヤマトの人気がどれだけ続いたのかってのはよく知らないし、また「ヤマトの人気は10年続きました」みたいに数量化できるもんでもないだろうけど、たぶん、人気が永続するのはエヴァのほう。


あずまんが大王は語りやすいか?

ところで、こんなふうに「語りやすい作品は歴史に残りやすい」ってことに思いをめぐらしているうちに、それじゃ逆に「語りにくい作品」ってのはなんだろうと思った。

で、自分の頭のなかに浮かんできたのはこれらの作品。


あずまんが大王(2)
あずまんが大王


苺ましまろ 1 (通常版)
苺ましまろ


ひだまりスケッチ 6
ひだまりスケッチ


みなみけ 2 (期間限定版)
みなみけ


要するに、どうってことない日常をまったり描くタイプの作品。

こういうのって、どこがどう面白いのか説明しにくい。
たとえば、自分はあずまんが大王は漫画のほうはすごく面白いけど、アニメはいまいちと思ってる。
だけど、その差異を上手く説明することができない。
せいぜい「作画がちょっと・・・」とか「リズムがどうも悪いような・・・」とかその程度のレベルでしか言葉にすることができない。

また、これらのアニメの面白さってのにも明らかに差があって、まあ、どれがいちばん面白く、どれが詰まらないかということは、ここでは言わないけど、その差がどこからきてるのか説明できない。
言語化することが難しい。
そもそも、これらは明確な物語がないわけだから、どこをどう語ればいいもんだか見当がつかない。

もっとも、私はガンダムもエヴァも語れないような人間だから、そりゃ語れないのも当たり前な話だけど、私に限らずほとんどの人が、これらを語るのに難儀を感じるはず。
「面白い」とか「~(キャラ名)が好き」とか、その程度であれば、言葉にできるだろうけど、ちゃんと一本スジの通った語りを成り立たせるのは難しいだろう。
これら日常系の萌えアニメを語ることができるのは頭のいい人、センスのある人に限られていると思う。

上であげた作品が歴史に残るのかどうかについてはわからない。
けど、とりあえず、語られやすいものと比較すれば、相対的に残りにくいんじゃないだろうか。

ところで、上述した日常系の萌えアニメに「らき☆すた」をいれてなかったんだけど、これは意図的にそうしてみた。
というのも、この一年を振り返ってみると、どうも「らき☆すた」ってやたらに語られていたような印象があったから。

これは、らき☆すたのどこが面白いのかわからないっていう人たちがいて、それに反論する形で語られていたように思う。
結局のところ、そういうアンチの人たちのおかげで、議論が活発化し、らき☆すたという語りにくいはずのアニメが語られてきた。
これって実は、とても幸福なことなんじゃないだろうか。

私はらき☆すたに関しては、大好きってわけでもないけど、そこそこは好き、っていう極めてヌルい態度で接してた。
しかし、こういうヌルい好意よりも、「このアニメが嫌いだ、具体的にはここが嫌い」と明確な言葉で示した人のほうが、このアニメにとって有り難かったんじゃないか、ってそう思う。

てなわけで、これから精霊の守り人とDarker Than Blackとバッカーノについて長文で批判してみようかと思ってるところです。

[追記]
囚人022さんがつけてくれたコメント。

>これは「ちょっと待った」と物言いを付けたい部分が多々あります。少なくとも松本零士のキャラの激烈さは富野さんに負けてないよ?

あ、そうなんですか。
松本零士って、温厚なイメージしかなかったです。
ま、パクリがどうしたってとこはさすがに知ってましたけど。

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2007年、個人的ベストアニメ


他に書こうと思ってたことがいくつかあったんですけど、いつの間にか今年も終わりかけてたので(さすが師走、時間の流れるのが速い)、今回はこんなのでお茶を濁してみました。

ふつう、こういうのってベスト5とかベスト10とか、数を区切るものなんでしょうけど「アレを入れるとコレがいれられないしぃ、どーしよう」とかいう精神的な葛藤がわずらわしいんで、面白かったものをあげていってそれで終わりにしました。
あと順位とかもつけてないです。
面倒だし。


精霊の守り人
精霊の守り人 8

アジア的世界を舞台にしたファンタジー。
逃走劇のなかで擬似的な親子関係を築いていくってのがこの作品の本筋。
だけど、その擬似的な親子関係はバルサとチャグムの別れという形でちゃんと終わりを迎える。
いったん築いた親子関係を捨てることで成長を描いてるところが好き。

[参考]
『精霊の守り人』がおもしろすぎて困る件。
『精霊の守り人』の続編はないのですか


DARKER THAN BLACK 黒の契約者
DARKER THAN BLACK-黒の契約者- 1 (通常版)

契約者と呼ばれる異能力者が出てくるアクションもの。
これの好きなところは実はユーモア感覚。
このアニメは味方ですら信用できない、っていう、言ってみればハードボイルドな世界観なんだけど、そのなかで時折はさまれるユーモアってのがかなり好きだった。
今のアニメって共同性を前提とした笑いが多いような気がする。
それは視聴者と作り手のあいだでの共同性である場合もあるし、登場人物間での共同性であったり。
まあ、そういう共同性によりかかった笑いってのも確かにいいもんだし、好きではあるんだけど、この黒の契約者みたいに、共同体の存在にたよらない笑いってのが、もっとあっていいんじゃないかと。
笑いを緊張の緩和と評したのは桂枝雀でしたっけ?
そういうタイプの笑いが多いかなあ、このアニメは。
携帯の着メロが変とかの、どうってことないネタではあるんだけども、それでも緊張感のある場面でそれが出てくるとやっぱり可笑しい。


バッカーノ!
BACCANO!(バッカーノ!) 01

禁酒法時代のアメリカを舞台にしたアクションもの。
アクションシーンのレベルがめっちゃ高かった、これ。
アニメ的な誇張を含んだアクションなんだけど、それにもかかわらず、痛みを感じることができたところも好感。
今まで一回も書いたことがないけど、実は暴力が大好きなんで。
ストーリーは昔の筒井康隆のスラプスティック的な感じで面白かった。
ただ、話の筋がつかみづらいところはあったかな。
だけど、それも最後まで見ればちゃんとわかるし。


ぽてまよ
ぽてまよ 6

ある日、突然あらわれた「ぽてまよ」という謎の生き物との日常を描いたアニメ。
言葉を持たず、「かわいい」や「萌え」の記号を組み合わせただけで作られているこの奇妙な生物を「かわいい」と思ったし、また「萌え」られたのが自分でも不思議だったので入れてみた。
どうも新しい感覚を発見したような気がする。
何を発見したのかは、皆目見当がつかないけど。

[参考]
この変なハマり具合は一体なんなんだ……『ぽてまよ』の魅力に迫ってみる
「ぽてまよ」の海外反響


瀬戸の花嫁
瀬戸の花嫁 三

ラブコメ。
特筆すべきところはあまりないんだけど、面白かったので。


コードギアス 反逆のルルーシュ
コードギアス 反逆のルルーシュ 1

ロボットアニメ。
グレンラガンもそうなんだけど「あえてやりきってみせる」感が印象的。
去年、見たロボットアニメがエウレカセブンとゼーガペインだったので余計そう思うのかもしれないけど、深いところを志向せずあくまで浅いところにとどまる態度ってのが面白かった。
後半ルルーシュが「合衆国日本」を建国宣言したのは、見ていて思いっくそ恥ずかしかったんだけど「まあ、いいか、コードギアスだし」と諦めがついたくらい。
だけど、あそこはユフィが死ぬっていう盛り上がりどころだったから、「合衆国日本」すらなければ、もっと感情移入できたんだけどなあ。残念。


ef - a tale of memories.
ef - a tale of memories.3

恋愛もの。
efに関しては、もう書いちゃったんで、特に書くべきこともないんだけど、とりあえず11話はよかった。
「ゴミを捨てた」にはかなりビビった。
このアニメが他者を描けているかどうかというのはよくわからないけど、それでもとりあえず他者の持つざらっとした手触りがあるのは確かだと思う。

[参考]
総論。アニメ『ef - a tale of memories.』とは何だったのか?


ってことで、数えてみたら7つでした。
なので、ベスト7ってことですかね。
ベスト7・・・・・、今まで聞いたことない言葉ですけど。
だけど、なんか、カッコいいからいいか。

ついでに書いておくと、2007年の個人的最萌えキャラはグレンラガンのニアです。
いや、ヨーコでもいいんだけど、ヨーコは成長すると乳がデカくなりすぎて、ちょっと気持ち悪かったりしたので、そこで減点。

ところで、これが今年最後の更新になるかと思うんですけど、みなさん、よいお年を。


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2007年11月 | ARCHIVE-SELECT | 2008年01月

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